I`m traveler of the life

人生を表現し、人々に感動を

人生を表現し、人々に感動を届けること [ 新潟県長岡市 / 福島県南会津郡 ]

 

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8月1日から東京を離れ、新潟や福島を転々としている。

 

今は郡山駅前のPABLO CAFEで、このブログを書いている。最近は出てこなかった発信欲が、発作のように現れた。だから、書く。

 

 

今回の小旅行のダイジェスト

 

まず、この時期には、どんなことがあっても欠かせない「長岡花火」という一大イベントがある。

 

nagaokamatsuri.com

 

 

僕の昔の記事でも、何度も書き上げているが、この長岡花火は本当にすごい。

今まで、花火で泣いたことなんて無かったのだが、1回目の衝撃以降、2年目、そして今回の3年目と見事に涙がこぼれ落ちた。

 

 

itotl.hatenablog.com

 

itotl.hatenablog.com

 

 

なので、今年も行ってきたのである。

 

夏休みの始まり、8月1日の夜に、1年ぶりのヒッチハイクで長岡へ。当日夜に帰国したセブ島バジャウ族と暮らす 松田大夢 と共に、楽しい移動。僕はもう学生でもなく、今の自分の立場で、ヒッチハイクなんて甘えたことをやって良いのか?と考えもしたが、結果的に、素敵な出会いに、素敵なコミュニケーションが生まれた。年齢や肩書に左右されずに、面白い!と思うことは、これからも追求していきたい。

 

現地では、今年も多くの仲間と共に過ごした。20名弱の、自然が大好きな同世代の仲間たち。そして、今回のツアーを主催してくださった表参道で美容師を営む佐々木さん。

 

地球少年こと篠原祐太とは、奇跡的な出会いの2年前も含め、3度目の長岡花火である。それほどに、彼らとは価値観がミラクルマッチしている。

 

 

 

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地元の野菜を無限に食べ、海水浴場でマンタや魚獲り、築130年の古民家で夏を感じる。廃校レストランの体育館でスポーツ、教室で小学生になりきる。満点の星空を眺め、人生について語ったり、メンバー内での色恋があるとかないとか。要は素敵な夏休みのはじまりとなった。青春とは、こういうことを言うのではないかと、夏は自分を悟らせてくれた。

 

 

 

www.youtube.com

 

 

 

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[ 新造真人くん iphone撮影 ]

 

 

自然と涙が溢れるフェニックス大花火。平和というワードが頭をよぎり、命の儚さ、人生の素晴らしさを伝えてくれる。花火師の想いの込もった1発1発が、集まった約50万人の人間へ光を届ける。そこには希望の光も存在していた。

 

この感動や、生きていること。それを分かち合える仲間といること。それを幸せと呼ぶのだろう。みんな、有難う。これは、感謝してもし尽くせないのだろう。

 

こんな風に毎年、この花火が見れれば。どれだけ幸せなことなのだろう。もっともっと多くの人に見て欲しい。と、年を重ねるほどに想いが募る長岡の夏。

 

そして、楽しいひと時はすぐに過ぎ去る。花火の翌日、別れの時。

 

 

 

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新造くんと、気持ち良い農道の越後線経由で東三条で途中下車してからは、自分と自然の時間を作りたくなって、単独行動することにした。

 

 

 

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福島県南会津郡までを繋ぐ、ローカルライン只見線。まるでモンスターハンターの世界。

 

 

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只見線の長い長いトンネル。10分くらいトンネルだったかな? そこを超えた先にあったのは夕日を浴びた田子倉湖。

 

 

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秘境のような街、只見町。

ここからは、只見線が修復中のため、代行バスでの移動になる

 

運転手のおっちゃんと、2つ前の席に座るカメラ好きのおっちゃんと、僕。3人だけのバスが小一時間、只見を走る。

 

 

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会津川口駅というところで一休みをし、野宿をするため、隣の無人駅まで歩く。

 

ここは、峠道。ひとっ子一人見えない真っ暗な道を、孤独に歩く。「Secret Base 〜君がくれたもの〜」をiphoneで流して、寂しく歌いながら、幽霊でも出てくるんじゃないかと一人でびくびくしながら、歩く。こいつは途中にいた カイロスCP21 。 コクワガタだけど、そもそもクワガタなんていつぶりに見つけただろう。

 

30分ばかり、歩いただろうか、無人駅に行くはずだったが、その手前に「道の駅かねやま」という標識が見える。寄ってみると休憩スペースがあるではないか。

 

電源もトイレもベンチもある。優秀な寝床だ。ママチャリ旅を思い出す。

 

 

一人で迎える22歳の誕生日。わざとこれをしたくせに、ちょっぴり寂しい。けど、これこそ自分の原点であり、探求したい領域なのである。華やかなことや、変に取り繕うことはあんまり好きじゃない。こうやって自分で出向いた、名前も知らない土地を、自分の足で歩く。そこで出逢う景色や空気、虫や雲や星の輝きこそが、感動に変わっていく。あぁ、思い返すだけでも素晴らしい。

 

 

自分の中での幸福とは、どんな状況でも、今、生きていて幸せだと思えることなのだ。そして、生きている間くらい、楽しい暇つぶしをしていたい。そして、どうせなら面白いことをしていきたい。人生なんて、つまらないと思っている人を、一人でも多く「意外に人生って面白いじゃん」って言わせたい。人生を表現し、人々に感動として届けること。これこそが信念であり、生きがいであり、死ぬことなく今、ここに魂を宿らせている意義なのである。

 

道の駅の駐車場、曇り空の切れ目に綺麗な星が煌めく。ふと携帯に目をやると、通知がある。誕生日おめでとう。とラインで何人からか連絡が来た。30分以内に何人来るかなと待ち続ける。あれ、思ったより来ないなとか、一喜一憂する時を過ごした。

 

 

Facebookでも、誕生日になると、色んな人からお祝いメッセージが来る。自分は、誰かのお祝いのメッセージが、一体どれだけ来ているか。その数字に目が入ってしまう。意外にも嫉妬深いのだ。自分は何人だろう。あぁ少ないなあ。でも、友達の人数で考えたら、いや、ラインも合わせたら。 そんな、どうでもいい ちっちゃいことを気にしないようにしたって、潜在的に気になってしまうくらいに、周りに自分を知っていて欲しい。でも、このメッセージをもらえるという事実は、自分のことを、どれだけ考えている人がいるか、という指標になる。

 

今年はどれだけの人が自分を知ってくれているかな。

もしくは、忘れてしまっているかな。

 

人は、忘れられた時に死んでしまう。というどこかの漫画の名セリフが、妙に頭に残っている。でも、そのとおりだ。人間は根源的に、誰かに分かってもらいたい。自分の意見を知ってほしいと思っているはずなのだ。そんなこと、小さいとか、大きいとか、どうでもよくて、素直に表現していけばいいじゃないか。僕は、色んな人に自分の存在を知ってほしいし、面白いと言って欲しいと思っている。

 

だから、努力をする。去年の自分より、分かってもらうために。忘れられないように、ちゃんと生き続けるんだ。心臓が動いているのを聞いているだけじゃなくて、自分の魂をしっかりと動かすんだ。

 

ちょっと話がそれるけど、最近、気づいたことがある。

 

優秀な人は、元から優秀だったのではなく、優秀になるための努力ができるか否かの能力において、優秀なのではないかと。

努力ができる人が優秀なのかもしれないと。ただ、センスがあるのではなく、その状態まで努力することが出来るセンスがあるのかもしれない。全部が全部そうではないと思うけど、それもあるんじゃないかと思う。

 

頭が悪いんじゃない。運動できないんじゃない。

頭が良くなる努力をしていない。運動ができるようになる努力をしていない。のかもしれない。

 

結果の出ないやつは、その、努力の限界値が小さいという潜在能力で、要するに、諦めるのが早い。10時間集中できるやつと、30分でちょっと休憩ご飯食べようっていうやつの違い。これは努力してない。に振り分けられるんだけど、その努力ができる自分なのか、できない自分なのか、これすらも才能の要素に入っていると思っている。

 

最終的には、やれる自分になりたいか、やれない自分になりたいか。それを見定めないといけない。自分は凡人か、天才か。努力ができるのか、できないのか。僕は色んな人に分析してもらったり、自分なりに考えてみたら、どうやら、潜在能力は高いけど努力できない部類のようだ。どうしても甘えてしまう。だから、普通の人より、諦める限界を低くしてはいけない。もうダメだ。と思ったダメだは、みんなはまだまだいける範囲内だから。人より容易くこなせても、努力できないから、最初は良くても、後半戦では負ける絵が見える。その危機感を持たないといけない。

 

 

やりたいことがあるなら、命をかけないと。

 

 

 

 

 

 

もっと大きなことをして、人を感動させたい。

この世の中の素晴らしさをもっと多くの人に伝えていきたい。

まだまだ、物足りないと思う。

 

行きたいところも、住みたいところもたくさんある。会いたい人もたくさんいる。

もう一回、つまらない自分から離れて、まだまだ無力な自分に1つずつ足していこう。

 

 

皆さん、これからもよろしくお願いします。人生かけて、たくさんの感動を生んでいきたいと思っています。自分なりに、少しずつ頑張っていきますので、もし良かったら、関わって下さい。見守ってて下さい。

 

こんなことを考えているのが "宮代健太" という人間なんだと、知ってもらえたら嬉しいです。

忘れられない自分になるために、今日から、今までより少しだけ頑張るようにして、努力を積み重ねていこう。

 

 

いつか、感動を魅せられる社会を実現できたら。

理想の環境を作るために頑張ってみようと思います。

 

 

福島県郡山市を後にし、宇都宮に向かう電車で書き上げた今この瞬間。僕の感情は予想を遥かに超えて満ち足りている。最高の誕生日を迎えることが出来た気がします。 

 

だから、人生って、面白いんだと思います。

今日も明日も、こうやって生きていこうと、

 

魂を生かしていこうと思います。

 

 

つづく

利己的な人へ、バリュー思考というものが何なのか説明しようじゃないか。[大阪府/京都府]

 

 
3月7日〜8日の2日間、仕事で大阪へ行ってきた。
 
 
現在、インキュベーション事業の運営として、主に学生を対象に支援活動をしている。今回は、その大阪支部のサポートとして、東京の運営メンバー2名・研修生1名で出向いた。
 
 
 
 

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そんな出張メンバーが手配してくれた宿が、なんば駅から徒歩15分のマンションの1室であった。そう流行りの「Airbnb」である。ビジネスチャンスとばかり聞くが、クライアント目線での声をあまり聞かないので体験してみたら、マジでびっくり。このクオリティで1泊4,000円。4人で泊まって1泊1,000円。実際コスパ良すぎであった。
 
 
 

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この2日間で、イベント主催、ワークショップ、個別相談に乗ったりとで、約30名の学生と密に話すことができた。
 
「教育」という観点で、東京/大阪と、文化の異なる地域で人と触れ合うと、多くのことが学べる。コミュニケーションの感触、空気感、価値観がまったく違う。だけど、どこの学生も "やっぱりここで躓いているんだな” というのは見えてきたりして、それを紐解いていくのは純粋に楽しい。
 
 
 
そんな今回の大阪の最中、感動する出会いがあったので、シェアをしたいと思う。
 
 
 

・価値を与えるということ

 
梅田駅周辺で、ワークショップを行ったとき
ある大学生の子がいた。その子の名前は Mくん としよう。
もちろん、はじめましてなので、自己紹介をしてから始める
 
色んなアドバイスをして、かなりの衝撃を受けてくれていた。
よしよし、Mくんに少しでも価値を与えられたかな、と思ってそのワークショップは終了。
 
 
Mくん 「また、よろしくお願いします!」
ぼく 「はいはい、お疲れさまですー!」
 
 
 
そんなこんなで一回別れたのだが、夜、Airbnbの宿に着くとMくんもいた。
お、一緒に泊まることになったのね〜。 と
仲良くして話していた。
 
 
そしたら、話の途中で、ある人の名前が飛び交った。それは
僕が、大学1年のとき、Twitterで勝手にフォローしていて
めちゃくちゃ憧れていた人であった。
 
 
その子の影響で本格的な旅を始めたといっても過言ではない。
 
 
 
 
 
ぼく 「あれ、知ってるの?その子、ぼくファンですよ〜」
 
Mくん 「まじですか?知ってますし、さっき会うかもしれなかったですよ!」
 
ぼく 「まじですか?!」
 
 
 
まさに偶然である。
Mくんも昔からファンで、色々あって繋がっていたらしい
そんな共有をして、話は終え、次の日になる。
Mくんと別れ、なんばから梅田の学生スペースへ向かう
 
 
 
いや〜、世間は狭いよなぁ。
と思いながら、他の学生と話していると
 
 
「はじめまして!」
 
 
と、どっかで見たことあるような子がやってきた。
Mくんとともに。
 
 
 
それは、ぼくが憧れていた子の、親友であった。
 
Mくん 「昨日の話したら、ちょうど近くにいるみたいだったんで呼んで来ちゃいました!」
 
胸にこみ上げてくるものがあった。
 
 
 
 
 
話してみると、その親友の子とは、共通の友人が何人も居て
短い時間だったが、繋がることができた。
 
距離が近くなった気がしてうれしかった。
 
 
 
 
………………………………………………
 
 
 
この話で、何を伝えたいかっていうと「人に価値を与えることが大切」だということだ。この感動する体験のキッカケとなったのは、事実、ぼくがMくんへ価値を与え、信頼関係を構築することができたからである。これがもし、赤の他人だったり、同じ空間にいても自己紹介すらしていなかったら、こんなことにはなっていないだろう。信頼関係という資産は特に化けるのだ。
 
 
よく後輩にも、価値を与えまくれ、バリュー思考になれ、と言っているのだが、イマイチよくわかってない人が多い。だから、これからはこの話をどんどん広めて「俺も価値与えまくりてぇ〜」という人間を増やしたいと思った。もちろん心情としては「巡り巡ったリターンを信じてぇ〜」ということになるのだが、本質的にはそれでいい。人に価値を与え、その対価をもらうことは全く悪いことではない。むしろもらう必要がある。満足度の低い謙虚さはお互いに不利益しか生み出さない。ガツガツいける素直さ、そして利他的な精神が、最終的に自分の資産を強くするのだ。
 
 
人に価値を与えることで、その価値と、その対価が発生する。世の中に1つだった価値が、2つになる。社会全体からみたら儲けものでしかないのだ。目の前の人に価値を与える行為が社会に影響を与える。もちろん、対価をもらうことが前提だが。そうして人間は、何もない大地に社会を作り上げ、成長を遂げてきたのである。
 
 
 
 
感動とともに、旅人だった時代の、可愛い自分を思い出したのであった。あのころは、与えられてばっかりで気付けなかったことだ。
 
 
 
 
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もともとは、大阪からヒッチハイクで帰ろうとしていたのだが、そういえば滋賀で農業を営む方から、オススメの飲食店(?)を紹介されていたのを思い出した。なので、大阪から京都へ移動
 
 
 
「スペースネコ穴」というお店である。
そこに行ってきた。実際、そこはやばかった。
 
 
 
 
 
今から写真をお届けするのだが、先に言っておこう。
 
 
ここは、飲食店である。
 
 
ここは、飲食店である。
 
 
 
 
 

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!?
 
 
 
これはすごい。
 
謎の感動を覚えた。
 
 
店、いや家の中に入ると、常連らしき3人組が酒を飲みながら雑談していた。
まぎれもなく家だった。
 
 
何飲みます? ビールでお願いします。
そういうと目の前の冷蔵庫からサッポロラガービール瓶が出てきた。
 
家じゃん。
 
 
何かオススメの食べ物ってあります?
ここにメニューはないよ。たまちゃん(オーナーさん)が出してくれたものを食べるんだよ。と常連の方から言われる・
 
家じゃん。
 
 
 
 
鍋が出てくる。それじゃあ乾杯しましょうか。とたまちゃん。
常連の方とともに、こたつでぬくぬくして、乾〜杯!!
 
 
 
 
家じゃん。
 
 
 
凄まじく完成された空間であった。
そして、凄まじく落ち着ける空間であった。
 
 
後輩と2人で行ったのだが、僕らが若いからといって説教されるわけでもなく、ゲストだからって、めちゃめちゃおもてなされるわけでもなく、そこには自然な空気が漂っていて、家庭的な料理がめちゃくちゃ美味しくて、まさに「家」であった。
 
 
 

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常連の方とパシャリ。
 
 
 
気になるお値段はたまちゃんがその場でつける。
 
この時は、サッポロラガー瓶2本、鱈鍋、山菜とふぐの天ぷら、手羽先で¥3,000だった。
 
 
「ごちそうさまでした〜!」ではなく
「おじゃましました〜!」で店を後にした。
 
 
 
京都にはまだまだ知らない世界がある。もっともっと探検しなければならない。と好奇心をくすぐらせてもらえた貴重な時間であった。
 
 
 
 
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総じて、今回の関西訪問はとても濃ゆいものになった。大阪滞在時にはブッとんだ人生経験を積んでいる旅人仲間の同い歳のヤツとも飲みに行って、近況報告に合わせて将来取り組むデッカい計画を立てた。30歳以降のビジョンが固まり始めた感触があり、今もワクワクしている。
 
 
 
ふと振り返ると、大阪にたくさんの居場所ができている。
「流離いの旅人」を目指していた一人の男は、気付いたらたくさんの人に囲まれていた。
 
 
 
 
どこかに行ったら、誰かが待ってくれていること。そんな一人一人の優しさが、どれほど素晴らしい人生を彩ってくれているか、まだ僕は有難みに気づけていないのではないだろうか。感謝し尽くせない振り返りワークシート。旅人時代、僕にキッカケを与えてくれたみなさん。必ず恩を返すので待っていてください。僕への投資が大成功だったと、言わせたいと思っております。。。笑
 
 
まだまだ僕は、東京を拠点にレベルアップを図るフェーズですが、少しずつ少しずつ、地方にも海外にも出向くようにして、東京に居れる有難みを感じながら、東京の方にも、そんな当たり前の感動に気付かせてあげたいと思います。
 
 
 
 
 
だんだんと、自分のライフスタイルが確立している。
あと100年くらい、自分が究極に満足する人生を歩むぞ。
 
 
 
 
 
つづく。

 

「趣味は自分で作るもの」無限会のバックグラウンド公開! - Why do you say "infinity" ?

 

 

無限。ぼくの好きな言葉である。

 

使い始めて1年半ほど経つ。よく聞かれるのだが、僕の中の定義ではギャル語から一般にも認知された「ヤバい」の究極完全態グレートモスであり、感嘆語である。調子に乗って使っていたら周りの友人も使うようになり、知り合いに会うたびに無限、無限と言われるようになっていた。一体どのくらいかというと、Facebookでの誕生日お祝いコメントの半分に「無限」という言葉が含まれているくらいである。自分のブランドへと変貌を遂げていて無限に驚嘆している。

 

 

 

人間は好きなものを無限に食えるのか? をコンセプトに開催していた「無限会」

 

先日、第22回目の有限餃子1000を開催して、餃子を1000個食べる挑戦をしたが、目標で鼻高らかに100個は余裕とほざいていた者たちは誰一人として100個を越えずに、全体で750個であえなく撃沈。僕は当日135個食べたにも関わらず、1週間で250個の餃子を食べるはめになった。

 

そんな無限会が3月27日で最後を迎える。

ちょっと振り返ってみようと思ってこのブログを書くことにした。

 

 

 

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僕は2年前の、まさにこの時期に原付で日本一周をしていた。

体感温度マイナス15℃の極寒の中、日本全国を走り回っていた。

 

生死を彷徨う体験や、数々の出会いを通して、やりたいことが見つかったのだ。そう、「カフェを経営したい」ということだ。日本全国の美味しいもの、日本全国の魅力的な人が一箇所に集まって、そこでワイワイできるカフェを作れたら、たのしいなーと漠然と思ってた。そこからすぐに行動に移し、経営・ビジネスについて学び始めたわけだが、結局、根本的にやりたいことは全然違った。

 

実現したいのはカフェを経営することではなく、魅力的な人が集まる空間を作ることであった。もっと言えば、そこでの価値観の共有がなされることで、さらにもっと言えば、感動を生み出したいということであった。2週間ほど家に引きこもり、ひたすら自己分析をして、やっと自分なりの軸を見出した瞬間であった。この瞬間は非常に心が軽やかになり、もっと自分のありのまま生きていいんだ。と、肩の力がフッと抜けた。そんな大学2年の夏は非常に濃ゆかった。

 

そんな経緯で無限会は爆誕する。 え?? と思うだろうか。たしかに、表面だけ見れば、友人を集めてワイワイやっているだけだが、僕は自分の見たかった世界を作っている実感があった。「無限」という言葉に惹かれる人たちは、言葉の抽象度が高いゆえに同じ色ではない、同じネットワークを持たないものが集まる。都合の良い解釈により、回数を重ねるごとに面白い空気が作られていく。この感触がたまらなく楽しかった。もう一つのビジョンを実現できているなと自信を持てる日々が始まったのだ。僕は無限会を開くたびに、カフェを経営しているオーナーと似た高揚感を得ていると思う。今日はどんな人が来てくれるのだろう。今日はどんな会話が繰り広げられるのだろう。少人数がゆえに行われるコミュニケーションは深く、時にはまじめに、時にはバカみたいに、そして、時にはバカみたいに話が進む。

 

我ながら面白い空間が作れたと思っている。無限という言葉も、チープさはなく、名前負けをするほどでもない看板なだけに、汎用性が高い。うまくバランスが整っているなと感心する。

 

 

 

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過去に22回の開催をし、述べ200人以上が来てくれている。無限ジンギスカンでは34人が参加してくれ、6畳の部屋でギュウギュウになっていた。数名はシャワー室でジンギスカンを食べながら談笑していて、それはそれは楽しそう(?)であった。

 

 

ちなみに、今では無限会という名前で開催しているワケだが、実は高校の頃から何も変わっていないのである。その証拠はこちら

 

 

 

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そう、何も変わっていないのである。。いつもついてきてくれる仲間はいて、いつでも面白いと思うことは変わらない。受験期に「激辛マニア」を食べ過ぎて過敏性腸症候群になって死にかけたあの頃は絶対に忘れない。この楽しさは確信している。

 

ゼロから人を巻き込んで気付いたら無限会になっていた。高校の頃から企画構築をしていたと言っても過言ではない。バーガーキングを必死で食べていた過去にも意味があったようである。この積み重ねで出来上がっていっている。趣味は自分で作るものである。自分で人を巻き込み、自分で世界を、空気を作っていく。これがめちゃくちゃ楽しい。世界を作ることが究極の自己満足なのである。

 

 

 

 

そんなこんなで、無限会ファイナルが開催されます。

 

3月27日 9:00〜33:30@六本木

 

 

今回のコンセプトは「本当の無限をキミに」である。必ずやあなたに本当に無限だったと言わせる自信があります。メンバーもカオスにするつもりなので、年齢も、コミュニティも、価値観も、ゴチャゴチャに混ぜてます。ここからどんな化学反応が起こるのか。どんな伝説が出来上がるのか、僕が一番楽しみにしています。

 

このイベントで何かを受け取ろうとするのではなく、何かを差し出そうとする態度で是非来てください。「俺の無限はこれだぜ!」くらいの勢いで来てくれると面白いなぁと思います。そのくらいの野生っぽさを曝け出せる空間が、あっても良いんじゃないかなと思っています。

 

 

22:00〜24:30
ウルトラコンテンツその1

無限飲み会

24:30〜29:00
ウルトラコンテンツその2
無限スポッチャ

29:00〜32:30
ウルトラコンテンツその3

無限ライジングサン

32:30〜33:30
ウルトラコンテンツその4

無限ラーメン二郎

 

 

これらのウルトラコンテンツは激アツくします。

 

好きな趣味には全力で挑みます。プライベートな遊びと割り切っているからこそ、全力で取り組みますし、全力で楽しみます。楽しませます。ぜひ来てください。無限によろしくお願いします。

 

 

無限会ファイナル 特設サイト

 

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こちらをクリック!

 

 

 

参加登録フォーム 現在 80名参加予定

(第3パートは募集締め切りました。)

 

docs.google.com

 

 

可能性は無限インフィニティ。

 

 

つづく。

 

 

 

今この瞬間が、過去になるということ。未来を考えるということ。 − 神奈川県茅ヶ崎市

 

 

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先日、母校の中学校でお話をさせてもらう機会があった。

 

中学2年生 111名 に対しての総合的な学習。 『進路のこと、将来のこと』について、僕なりに思ったことを伝えさせてもらった。僕の所属していたバドミントン部の生徒はいるかと手を挙げさせようと思ったら「バド部はもう無いですよ!」と生徒から声があがり、そういえば自分たちの代で終了していたことを6年ぶりに思い出した。

 

 

小中高と同窓会の幹事をやっていて、高校は一応卒業生理事会のメンバーでもある。これだけ聞くと、ヒエラルキーの頂点に君臨するリア充軍団のトップでかつ生徒会長でもやっていそうである。まぁ今となっては、このように友人の縁あって呼んで頂いたり、嬉しいことに将来を期待をされたりするのだが、じゃあ在学中は優等生だったか、脚光を浴びていたかというと、全くそんなことは無い。むしろ先生方からすれば、非常に扱いにくい生徒であったに違いない。

 

小学校ではヤンキーに憧れ、さんざん学校にも親にも迷惑をかけた。中学校では俗に言う「学校裏サイト問題」に関わったり「破壊部」とかいう本当に厨二病インフィニティみたいな組織を構築して、バカなことを目論んでいた(しかも結局全部ばれて無限に怒られた)高校では落ち着いたものの、気に食わない先生に対して我慢ならずに授業ぶっ壊してブチ切れたり、文化祭関連では今でも納得してないものの、正当性を主張するためにTwitterで学校の批判を拡散、また署名活動と称して周囲を巻き込み、なんだかんだ学校に迷惑をかけることもした。諸々、あの時はホントにすいませんでした。。

 

しかも小学3年から高校2年くらいまではゲーセンに週4くらいで通い詰めており、まさに "ゲーセンの常連客" として青春を謳歌していた。あのころハマった「押忍!番長」のBIGボーナス時BGMは一生忘れないだろう。

 

まさか、あのころ、将来自分が母校の生徒たちに対して「何かを話す」なんてこと、想像すらしていなかった。人生って本当に面白い。

 

 

 

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(中学時代に残した功績といえばこのくらいである。これだけは他の追随は許さなかった)

 

 

どうやら、人間は変わる生き物のようである。あのころ想像もしなかった自分になることができるようである。10年前の僕はボルベルク・クロス・ドラゴンを駆使してデュエルをしていた。近所のコンクリートで闇のゲームが行われていた。そんなものは3年ほど前にヤフオクで6000円で売ってしまっている。さぁ、10年後は、今の自分を見てどう思うのだろうか。

 

そんな楽しみのために、僕は日記やブログを綴っている。理想の過去を作るために生きていると言っても過言ではない。小学2年生のとき、アルティメットレアのブラック・マジシャンをパクられた記憶は今でも忘れない。あのいじめっ子め。おぼえてろよ。

 

 

 

 

授業の後に、懐かしい図書室で先生と雑談をした。授業中にも思ったが、真面目な子しか周りにいない。あぁイケイケな子たちは別室で説教でも食らってるのかと思ったが、どうやらあれで全員のようだった。僕らの世代とは大違いの真面目っぷり。もう牛乳は投げないようである。

 

時代とともに、文化も変わっていくものだと思った。だけどなんだか、時が戻ったような快楽に襲われる。地元に戻ると、過去の自分にタイムスリップしたような気がして、なんだか嬉しくなる反面、虚しくもなる。

 

 

 

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(カラフルになりたかった、高校時代の画像である )

 

 

 

 

つい最近、印象的な夢を見た。記憶を絞り出して書き起こしてみる。

 

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僕は、懐かしい高校の廊下を歩いていた。おそらく遅刻。教室のある階まで登りきる。そうすると、自分のクラスのドアから先生が顔を出している。僕は自然と、走っていた。僕は学校が好きだった。教室の前まで着く。教室奥の窓からは輝く夕陽が見える。まぶしくて、美しくて、全身が震える感覚を味わった。教室に入ると、もう最後のホームルームである。(僕はよく、最後のホームルームだけ出て、1日欠席を免れていた。おかげで3年間皆勤であるが、遅刻は100回を超えている。)

 

なんだかその日のホームルームは雰囲気が違っていて、すぐに察した。、卒業式後の、高校最後のホームルームであった。みんな感動している。最後に入ってきた僕を見て笑う奴がいる。あのころと変わらない日常が夢に現れていた。なんだかその後はおかしなストーリーになって「あぁついにお前も未来から来たのか」とかいう厨二病インフィニティな展開になり、よくわからなくなって。はい、そのあと、

 

吉祥寺の家で目覚めたのであった。

夢の続きを見たかった。心が震えている自分が確かにここにいた。

 

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時間は進み、移ろいでいく。これは、モノも。自然も。人も。文化も。そして、自分でさえも、すべて同じである。変わらないものもあるが、変わるものもある。変わってほしくないものも、変わってほしいものもあるだろう。そんな風にして、今は過去になり、未来は今になる。たったこの瞬間でさえも、もう過去になってしまうのである。

 

それは悲しいことなのだろうか。嬉しいことなのだろうか。少なくとも、ぼくは楽しめる過去を作っていきたいと思っている。そして「今の今」も楽しめる「今」でいたいと思っているし、もうすでに楽しんでいる。

 

 

どんな過去を生きていくのだろうか。

今を、未来を、生きていくのだろうか。

 

 

今この瞬間が連続することが、もうすでに、楽しみである。

 

 

つづく。

人を信じ切るということは、自分を信じ切ることである。 − 東京都 武蔵野市

 

フィリピンから帰国して5日が経つ。無限ほど元気です。

 

向こうは30℃を越える灼熱の暑さだった。毎日半袖短パンだし、水を5リットル以上飲まないと気が済まないし、全身日焼けで大変なことになっていた。ところが、日本に帰ってくると素敵な極寒の世界が待っていて、なんとか身体が適応している最中に雪が降ったりと、いじめられている。いや、試されている。徐々に、日本に染まりつつあるこの頃である。

 

帰国してからというもの、朝起きるのがつらい。寒すぎる。なかなか身体が慣れてくれない。少し気を抜くと風邪を引くのだろう。というか今、風邪を引いている。あぁなんて自分は弱いのだろう。と思う。このまえ、圧倒的な体力を持つバジャウ族と遊んだせいか、余計にそう思う。

 

 

itotl.hatenablog.com

 

 

 

 

「弱さ」というのがキーワードである。

 

 

最近は、自分の弱さや、人間の弱さについて向き合っている。僕は昔から好きなアーティストがいる。それは「BUMP OF CHICKEN」である。あの天体観測バンプである。

 

 

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僕は、彼らの音楽が好きだ。彼らの曲を聴くときは、なぜだか、たまらなく泣きそうになったり、たまらなく嬉しくなる。なぜだろう?と考えたとき、おそらく、彼らは自分の弱さに寄り添ってくれているからだろうと、思った。弱さを見せない人は多い。なぜなら多くの人は「カッコ悪い」と思っているからだ。しかし僕はそうは思わない。弱さを見せることは強さにつながると思っている。人間は、自分の弱さを認識したときに、きっと強くなれる。バンプオブチキン」とは意訳すると「弱者の反撃」になる。彼らは、人の弱さに寄り添ってくれる。だから好きだ。

 

 

飴玉の唄 BUMP OF CHICKEN

 

僕は君を 信じたから もう裏切られる事はない
だってもし裏切られても それが解らないから
どうか 君じゃなく ならないで

悲しい時 嬉しい時 どちらにしても ほら泣く
困るでしょうって更に泣く あんまり困らないよ
飴玉あげる 

 

 

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人の奥深くを信じ切ってあげること。そうすれば、もう誰にも裏切られることはない。なぜなら、裏切られているということが、わからないからだ。裏切られることがなければ、それはこわくもなんともない。そんな自分でいれば、いつかきっと、信じ切ってくれるはずである。10年後になるか、20年後になるかはわからない。そんな未来が来てくれれば、僕はそれでいいと思う。人を信じ切ること。そんな希望を信じきること。

 

 

 

人と向き合い続けることは、自分と向き合い続けることである。

 

 

自分に対して丁寧に生きること、労って優しく生きることが、大切である。ちょっとずつ負荷を与えてみる。つらそうな時はアフターケアをする。自分を丁寧に育成する。自分を飼いならす。そんな自分を管理してくれる「もう一人のボク」を作る。まだまだ自分をレベルアップすることができる。楽しみでしかない。

 

なにより素晴らしい思うのは、まだまだ人生が長いということである。

 

 

10年後の自分はどうなっているだろうか。収入や環境、ライフスタイルは今から設計することができる。ただし、10年後の自分が何を考えているかはわからない。一体なにを考えているのだろうか。全く見当もつかない。それがたのしい。果たして、どんな感動を味わっているだろうか。どんなものに生かされているだろうか。

 

 

 

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人生は最高である。

 

 

つづく。

 

 

 

こんなに素晴らしい世界が広がっているのならば、もうそれだけでいい。 −フィリピン セブ島

 

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1月5日〜14日の間、フィリピン・セブ島へ行ってきました。

これは、僕がいま運営している海外事業の一環である「スタディーツアー」として、参加者を引率しての、訪問でした。開催は今回で2回目。参加者の皆さんは、たくさん学べることがあったようで、たくさん楽しいこともあったようで、嬉しく思います。

 

 

 

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スタディーツアー内では、個人企画なるものを行い、それぞれがやりたいことを主体的に取り組んでもらっています。参加者のみんなは、路上でかき氷を売ったり、iphoneを売ったり、すべての島を制覇するために毎日島巡りしたり、瞑想をしたり。主催者なのですが、僕も、個人企画と銘打って、海の上で暮らすウルトラ無双民族「バジャウ族」と遊んできました。

 

 

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こんなにも綺麗な光景を目の当たりにしながら航海をしたり。バゴンバヌア島という全く知らない島に降り立ったり。まるでポケモンの「まぼろしじま」のような、砂だけでできた、名前もない、誰もいない小さな島を発見したり。15時間以上直射日光に照らされて、全身が日焼けで大火傷みたいになったり。そんな風にして、たくさんの経験をしてきました。

 

 

 

 

 

 

彼は、僕の友人の松田大夢。彼はバジャウ族と一緒に生活をしている。そのおかげで僕は今回一緒に船旅に出ることができた。彼の言うように、フィリピンはたくさんの島で出来ている。日本も島国だが、それよりも圧倒的に海が近い国だ。ひとたび船に乗って航海すると、遠くには島影が見える。正体不明、誰も知らない島が、いくつもある。どんな島か、人が住んでいるかは、降り立ってみないとわからない。

 

航海をすると、世界の広さを思い知る。ゲームで海を冒険するときのようだ。降り立ってみないと次のステージはわからない。着いたらまず探索してみないとわからない。ルネシティだって、ダイビングして、陸に上がってはじめて、最後のジムリーダーがいる場所だってわかるはずだ。戦ってはじめて、彼のミロカロスの強さに気づくはずだ。こういう未知との遭遇は単純に素晴らしいし、ワクワクが止まらない。これは海に限ったことではない。慣れ親しんだ地元の路地裏にある古めかしい居酒屋を見つけたとき。旅をして知らない地域を訪れたとき。登山をして遊歩道の脇に見える壮大な木々を目の前にしたとき。飛行機に乗って雲の上の世界をみたとき。いつだって同じだ。いつだって素敵な感動がある。僕はこの感動を大切にしている。一生をかけて、世界を冒険しようと思っている。人生とはゲームである。人生とは冒険である。

 

 

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バジャウ族の船が故障して近くの砂浜にあがったとき、偶然撮影できたフィリピンの日の出。こんなに美しい世界がこの世の中には無数にあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

バジャウ族の拠点に降り立ったときは真夜中だったのだが、なんだか騒がしかった。普段は何もないバジャウ族の拠点の広場が、今日は祭りのような装飾がなされていて、夜な夜な宴が行われていた。あれはなんだとヒロムに聞くと「結婚式だよ」と彼は言った。どうみてもカラオケにしかみえなかったのだが、それは結婚式だった。

 

 

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新郎新婦の姿は見えない。聞くともう寝ているらしい。そこに残っていたのはあんまり親族とは関係のなさそうな、のど自慢の若者たちであった。子供たちも混じって歌っていた。僕はその結婚式を、一人で遠くから見つめていた。夜空には星と月が輝く。決して綺麗とは言えない集落の中で、決してうまいとは言えない歌声とクラブミュージックのような音楽が響き渡る。そんな宴を楽しむバジャウ族の表情は、とても笑っていた。僕は、彼らも同じ人間なんだと直感的に思った。そして、誰しも心は繋がっているのだろうと、勝手な予測をした。なぜだか分からないが、僕は嬉し泣きをしそうになった。今日も世界はうごめいている。今日も色んなところで、色んな「人間」が生きている。そう思い、ほんとうにこの世界は素晴らしいなぁと思った。

 

 

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フィリピンのお話はブログではこのくらいに。さわりだけ。

 

 

今回のスタディーツアーや、僕のお話、みんなのお話。シェアする機会が1月23日にあります。「途上国交流会」っていう、僕が過去に主催していて、後輩に引き継いだイベントも同日開催です。参加費は200ペソです。よかったら来てください。

 

https://www.facebook.com/events/1654199078169848/

 

 

また、3月10日〜17日に、スタディーツアー第3回目も開催します。カモテス島ってところの15mの飛込み台から海に飛び込んでもらったり、単独で企画を練って現地で3日間ひとりで行動してもらったりと、参加者をまぁまぁいじめるので、自分を無限に進化させることができるはずです。僕らのプロジェクトメンバーも含めて20名限定引率なので、興味があれば、お早めに、どうぞ一報ください。

 

 

 

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マクタン空港で、帰国前に撮った写真である。セブパシフィック航空の成田直行便は、早朝のため、いつも、この景色を拝むことができる。 

 

ほんとうに、こんなに素晴らしい世界が、無数にあるのだろう。人生は壮大であり、人生は最高である。もう、それだけでいい。ほんとうに、それだけでもいい。

 

 

つづく。

新年めでたいのでヒッチハイクして餅ついてきた。50時間の使いかた。 − 京都府・大阪府・滋賀県

 

年が明けて、めでたいので、ヒッチハイクを久しぶりにしました。

 

1人で向かうはずだったのですが、前日の夜、自宅を訪れてカレーをご馳走になっていた湘南台の友人が起きて5分で来ることに。そんな彼も、まんたまんズです。

 

 

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渋谷を17時に出て、京都に24時に到着。

休憩やヒッチ待ち込みで7時間。かなりスムーズ。

 

ヒッチハイクがうまくいくと、いつも不思議な気分になる。「こんなところまで来てしまった!」という達成感と「たったの7時間で京都まで来れてる!」という感動が生まれる。もしも夕方から渋谷でグダグダしていたら、いまごろ何もしていないかもしれない。ひとつ行動を起こしたことで、自分の存在をたったの7時間で関西に移動させることができ、数々の出会いと経験をすることができている。時間を有意義に使うことはどんな時でも大切だ。

 

京都の伏見稲荷大社は、かなり有名なスポットではあるが、このライトアップを拝んだことのある人は少ないのではないだろうか。

 

伏見稲荷大社の醍醐味はこのオカルトチックな雰囲気と、深夜に映えるこの鳥居の美しさにある。二度目の訪問でテンションが上がった。ちなみにこの時、時刻は深夜4時。深夜1時から歩き続けて疲れが見えていたが、アドレナリンの出る昨今は、そんなの関係ないと言わんばかりに ちからウォーキング をして突き進む。

 

 

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伏見稲荷大社は頂上までいこうとすると、それなりの時間がかかる。標高は250m前後のため1時間程度、無限鳥居をくぐり抜けながら階段を登る必要がある。途中にある四ツ辻というエリアでは、夜は京都市街を一望できる。新年明けまして見るこの空は、ひたすらに綺麗だった。この後、日の出こそ綺麗に見えない場所柄であるが、朝を迎えたその光景はなんとも良いものだった。

 

 

 

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伏見稲荷大社に別れを告げ、京都駅を経由し、大阪・梅田へ入る。駅からすぐのどデカイタワー「グランフロント」のカフェでまったりする。

 

友人とはここで一旦別れる。軽く仕事を片付けて、プロジェクト大阪支部の後輩と今後の事業戦略についてのんびりと語ったり、大好きな関西の友人と笑い合うひとときを過ごした。急な予定に合わせてくれる人が多く、残念ながら入れ違いで会えない人もいたが、充実した日中を過ごした。関西にいても、自分と「会いたい」と思ってくれる人がいることは純粋に嬉しい。こんな居場所が全国に広がったらなんて素敵な人生になるのだろうと思いを馳せつつ、そんな空間を、いつかは自分が提供していく立場にもなっていくのだろうなと、はたまた思いを馳せた。

 

僕がグランフロントにいる間に、なんば駅前で、即興路上ライブを行い、30人超の人だかりを集めたという友人と再び合流。プロ並の歌唱力を持ち合わせた、その友人も合流し、二人の路上パフォーマンスを見学する。とりあえず、大阪は可能性に満ち溢れていると思った。

 

 

 

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ドヤ街で有名なあいりん地区にも訪れた。路上生活者が数多く居住している日本でも特異の街。上のスーパー玉出は煌びやかな装飾はもちろん、1品目の値段が1円になったりと、他にはない何でもありな感じでむしろ怖い。でも実は、ネットで言われているほどの激安ではない。普通に吉祥寺のSEIYUのが安い。SEIYUは無限。SEIYUこそ正義。

 

確かにこの地域だけは、暗い空気が立ち込めていた。恐ろしさというものが発揮されていた。通りすがる人はみな、いかにも、といった老人ばかりで、なにか世界が違った。ここに住んだらどうなるのだろう。冷かかし半分に思ってしまう自分もいつつ、興味を抱いた街であった。

 

この後、大阪の吹田市にて、絶品カレーパンで有名な「サニーサイド」を訪れたのだが、年始休業。今年一番の落ち込みを保ちながら、大阪、京都をあとにし、電車に揺られ滋賀県甲良町、地域おこし協力隊として活動している岸本さんの家へ。ショッピングカートで日本縦断する面白い人である。

 

ゼロから作る!日の出で餅つき! in 滋賀

 

滋賀県甲良町に到着。これで4度目くらいの訪問になる。だがしかし今回は田舎をまったり体験なんて生半可なものではない。なにせこのために滋賀へ来た。そう餅つき。日本人なのにまだ餅ついてないの?ということでやってきました。

 

小さい頃に餅つきを体験したことはあるけれど、ゼロからやってみたことがない。餅をちょっとつかせてもらって、あとは食べるだけなんておもしろくない。そう思い、やりました。

 

 

 

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まず、お米をとぎ、水につけます

 

ここで一晩漬けることが大切らしいです。米にまんべんなく水が浸透することにより、蒸らしたあとのクオリティが変わるのだとか。

 

 

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朝です。米をこれで包んで蒸らします。

 

無限の寒さでこたつに包まって見てました。

 

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石臼を洗い、熱湯を入れ熱々にしておきます。

 

餅をつく杵もこのタイミングで熱々にしておきます。

 

 

 

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蒸したもち米を石臼に投入します

 

 

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ひたすら餅をつく!!餅をつく!!

 

 

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完成。

 

 

 

はい。失敗しました。

 

やってみて思いました。餅つきはめちゃくちゃ大変です。準備がありえないくらいかかります。日本から餅つきの文化がなくなりつつあるのがよーく分かりました。最初に石臼を所定の位置まで移動させたのでが3人がかりで10m移動させるのに10分かかりました。めっちゃ重い。それに良い臼じゃないと米が臼にひっついて何もできません。臼の汚れも取れなかったのでビニール袋を敷きましたが、それこそ絶望の始まり。すべてのもち米がビニールにひっつき、大変なことになりました。想像していた餅つきは全くできませんでした。これこそ、失敗から学ぶということ。めちゃくちゃ寒いなか、カオスな時間を過ごしました。ちなみに、食べたらめちゃくちゃ美味しかったです。

 

リベンジということで、今年の夏には、琵琶湖で餅をつくことにしましたので興味のある方は一報ください。まずは石臼を車に乗せるところから勝負です。

 

 

 

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楽しい餅つき大会も終えて、滋賀県をあとにして、帰りのヒッチハイク。またまた素敵な人たちにたくさん出会い、4日の夜には東京に着きました。たった2日間の出来事がものすごく濃かった。たったの50時間程度でこれだけの経験をしてきた。これは、なんだろう単純に、すごいなぁと思った。時間の使い方。

 

高速バスを使えば関西までは2000円ほどで遊びに行けるこのご時世。わざわざSAを経由してヒッチハイクをするのには自分なりの意味があります。10台前後の方々にお世話になり、たくさん話もしました。身の回りのコミュニティーを離れ、赤の他人と、ゼロから自分を構築していくあの車内のトークが、好きです。偶発的に出会うその人に、どこまで自分の世界を伝えられるかという面でもチャレンジングな楽しさがあります。

 

また、移動距離はクリエイティブな思考に貢献する。普段と違う空気を吸うこと、普段と違う文化に触れること。それすらも、学びであり、息抜きである。趣味としてのヒッチハイク。いい趣味を持ったと自分でも思っています。ヒッチハイク帰りの翌朝に成田空港から旅立ち、今はフィリピンのセブ島からお送りしています。

 

エクストリーム年末年始。2016年はガンぶち上げていくので関わっていく人はよろしくお願いします。

 

 

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つづく。