I`m traveler of the life

人生を表現し、人々に感動を

誰もが自分の世界を持っている

 

自分は世界の中心である。これを個々人が主張することは何ら間違いではない。

これは紛れもない事実だ。

 

 

 

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これを否定する考えが蔓延っているが、それは論点がずれてしまっている。

 

 

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これは、大きな宇宙の共同体の一部だと、認識するということであり、上記の否定ではない。

 

アドラーの主張は素晴らしく、嫌われる勇気とは究極的には他者を気にしない考え方であり。

自分が世界の中心であるという物理的観点では同じである。

 

 

現在「ゲンロン0」という哲学本を読んでいるのだが、しっかり読んだら感想も書き残したいと思う。

同じような二層構造が社会にあるという主張が述べられている。

 

 

 

 

つまりは、これらの主張は、

 

自分が世界を変えることもできれば、

思い通りに世界を描くことも出来る。ということである。

 

 

 

 

そして、誰もが自分の世界を持っているのだから

他者の世界にアクセスすることも出来る。

それはライブハウスかもしれないし、映画かもしれないし、宗教かもしれない。

 

 

誰かの世界にアクセスすることもできれば、自分の世界に没頭することも出来る。

こんなに広い選択権を持っているのが、現代に生きる人間なのだ。

 

 

そして、それらの世界を交差する空間が、SNSだったり、複数間でのコミュニケーションだったり、コミュニティというものだ。

これらは、不特定多数の敵ではなく、事実「共同体」なのだ。

 

 

 

こればっかりは具体性を帯びてしまうと、急に安くなってしまう。

なので、本質だけで留めておこうと思う。

 

 

 

どれだけ素晴らしい世界なのだろうか。

今日も今日とて、自分の世界を生きようと思う。

 

 

 

正直、これしか言うことはなくて

あとはすべて修飾語である。

 

 

 

 

なので、修飾語を重ねていこうと思う。

人生は本当に素晴らしい。

 

 

あとは、その証明を。

 

 

 

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(中3の時に書いた、年賀状です)

 

 

 

 

 

 

予言するのも、実現するのも、いつも自分なんだ。

 

 

 

 

 

僕は未来を知っている。

 

 

と言ったら、誰がなんというだろうか容易に想像がつく。

 

 

 

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残念ながら、小学生にファイナンスリテラシーが求められたり、火星旅行が実現したり、上場のシステムが廃止したり、ロボットが途上国支援をしたり、中国がビットコインを占有する未来は、、、、、少なくとも僕には見えない。

 

 

社会の変化は著しくて、LINEやFacebook、Snapchatが10年後も存在しているかどうか、

そんなことは誰にも予測できない領域、スピードとなっているのが社会の現実だろう。分からないという無知の知であるのが、今の世界である。

 

 

魚民はなくなるかもしれないが、鳥貴族は残るだろう。

ミニストップはなくなるかもしれないが、セブン−イレブンは残るだろう。

マクドナルドはなくなるかもしれないが、ケンタッキーは残るだろう。

 

 

果たして、本当にそうだろうか?

証明できるものなんてなにもない。

 

 

 

 

だがその中でも、たった一つだけ見えているものがある

実は、そんな人が、世の中にいるのだという。

これは、すごいことである。

 

僕もその一人である。

 

 

 

 

 

 

僕に見えているのは、何があろうと未来の自分である。

 

 

 

 

 

僕は自分の未来が予知できる。

もう少し絞って話すなら、、、、それは何をしているかではない。どれだけ富を築いているかでもない。5年後、10年後にどこにいるかではない。そんなものは予知できない。社会と接合する自分の未来を、予知できるなんて、社会が見えるのと一緒なのだ。だからむり。

 

 

さっきも書いたとおり、僕には社会が分からない。

 

 

あまりにも関わる人が多すぎるし、あまりにも勉強しなければならないことが多すぎる。

そんなことをもがいて、ついていこうという毎日だが、残念ながら、時代のスピードを越すことは出来ない。

時代とは、多くの人間が創り出しているものだしね。

 

 

 

でも、自分の未来を作ろうという意識を持っているかどうか、

これは予知できるものなんだ。

 

 

なにくそまけるかと、意識朦朧としながらでも立ち上がる気合があるかどうか。

こんなんじゃダメだと諦めてしまうか、それとも走り続けるのか。

だらしないボロボロの生活を送ってもなお、まあいいかと自分を慰めるかどうか

 

 

 

すべてはあなたの意思決定である。外的要因なんて言葉はクソだ。外的要因を取り込んでいるのはお前なんだ。引き寄せているのはお前なんだ。

 

 

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社会があなたをコントロールしてるだとか、

誰かに騙されただの、洗脳だの、教育だの、ごちゃごちゃ抜かす輩が多いご時世だが、あなたの身体は、あなただけのものでしかなく、手も足も、神経も頭も、口も目も、動かしているのは紛れもないあなた自身である。

 

 

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将来どうなっていくか不安なんです。とか、

やりたいことが見つからないんです。とか、

自分に自信がないんです。とか、

 

そもそもレイヤーが違うし、意識の高さが違う。そうやって、予言しているのは自分なんだ。自分の未来を主体的に描いてしまっているのだ。

 

 

自分の暴走は、自分にしか止めることが出来ないし、自分に止めるよう投げかけるのも自分である。

自分の停止は、自分にしか再起動させることが出来ないし、自分を立て直そうとふんばるのは自分である。

 

 

 

ただ、自分の未来が予想できないと、思ってしまっている。

気づいていないんだ。自分の未来は、自分でコントロールすることが出来るということを。

知っているか、知らないのか。自己実現の可否はそれでしかない。

 

 

人間は、自分に見えていない事象は「起こっていない」と錯覚することが出来る。逆に、自分が見えたと勘違いしている事象は「起こった」と錯覚することが出来る。

 

これは人間に「心」があることで与えられた、大きな賢さである。

 

 

 

全く幸せではない現状を、あなたは幸せだと認識することが出来るし、幸せこの上ない現状を、あなたは最悪だと認識することも出来る。

これは、不都合な動物だと思うか?  僕にとっては最高の都合である。

 

 

 

 

僕には未来は見える。

最高に幸せな道を、ご機嫌にスキップする自分が見えている。

そして、毎日1ミリ以上、近づいている自信がある。

 

 

そして、未来というものは遠い存在でもなんでもなく、もうすぐそこにあると認識している。

そして、未来というものはいずれ訪れてくるものではなく、もうすぐなくなってしまう、儚くも瞬間的に訪れる「点」なのである。

 

 

 

僕には、毎日未来が訪れている。

それは、過去の日記が証明している。過去の自分が描いていた未来が、今この瞬間にも訪れていて、合っていたかどうかを、験算してくれているのだ。

 

 

 

itotl.hatenablog.com

 

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どんな未来を予言しようか、そして、

どんな未来を実現しようか。

 

 

 

何よりうれしいのは、こうやって、

未来の自分が楽しそうに、もっと先の未来を描いて喜んでいる姿を、

 

過去の自分に見せることが、出来ていることである。

 

 

 

 

 

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(高校2年の冬、、、、)

 

 

 

 

 

ほーらみろ、実現してやったぞ。

 

 

なんてね。

 

 

絶対、実現してやるから、覚えておけ!

 

 

 

 

 

 

人生は22歳で終わらない。

 

最近、いろんなプロジェクトを進行させている。多すぎて訳わからないというカオスな、自分でも分析できない、どーなるのかわからないくらいの領域までいきたいからである。 

もちろん全ては理念ビジョン、PLBSに繋がる前提の話。

 

経営者と起業家の違いってのが、マインドだけではなく、行動ベースで腹落ちしてきて、毎日コミュニケーションを取っていて、楽しい。

 

 

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( 2ヶ月前に作った海外プロジェクトのマインドマップ。見せられないけど、こんな構想。もう既に変わっている。。)

 

 

 

24時間、交渉をし続けている気分だ。そして、何より気持ちいいのが、

ビジョンを語りまくること。

 

大事なことその1。リーダーはビジョンを語りまくらないといけない。

なぜなら、人を巻き込みまくる必要があるから。もー毎日、誰かに会えば会う度に、このプロジェクトは1年後にこーしたいだの、このコミュニティは5年後にこーしたいだの、

新しくこーいうプロジェクトを始めたい、なぜなら、、、、、、、

 

 

はじめましての人への自己紹介も変え始めた。

安っぽいユニークやノリ、カリスマ性のある謎感の演出なんかではなく、信用とビジョン。

 

将来こーいうことを、こーやってやっていきたい。

世界をこうやって変革していきたい。そのためにこいつらと繋がって、あーだーこーだ。すべての活動はこーいう理念に基づいていて、その背景は、、、、、

 

こういう人間ですというのを、相手が納得してくれて、応援してくれるところまでトークを続ける。

 

たとえ、長いと言われても、それ以上にどんな人間かが伝わらないほうがリスク。

何のために、こいつと時間を取っているのかわからないと思われたら最悪。目的を持ってもらう。

もっといえば、この人に関わりたい。時間を使いたい。投資したい。そう思われる自己紹介ができれば最高である。出来ているかな? できていると信じたい。。

 

 

 

 

大事なことその2。長期で物事を考える。

 

大体、ビジネスやりたい、でっかいことをしたいという若者は今すぐを求めるので、来年独立したいだの、海外で自由に暮らしたいだの、

バイトしないで生きる収入が欲しいだのを求めるけど、それは甘い。

 

甘いというか、そこで人生が止まってしまう。22歳になると、肩書がなくなる分、肩書を求めたり、友達から、親から、近所の人から、彼女から、気になる女の子から、

どう思われるか?ダサく見られたくない、ナメられたくない。

俺はもっとすげえんだぜーーーー!

 

そういう心理で、人脈を作ったり、イケてるイベントに顔を出したり、見た目を気にして服を買ったり(笑) こうやって書くと思わず笑っちゃうけど、グサグサ刺さる方もいるのではないか。SNSでの発信内容なんてまさにそうで、パッと見れば、その類のタイプかすぐ分かる。

 

大体、そういうやつは世の中を評価している気になったり、表に立ってるファーストペンギンをディスったり、俯瞰してみてる風にしたりするのだが、裏でネガキャンしたり、人の将来考えてる感じに見せて他者の弱みを探そうとする、そうやって、自分のポジション必死に守ろうとしている魂胆が見え見えですごくチープ。

で、お前はどうするんやねんって。イケてるのか、イケてないのか?

 

 

逆に、本質的な捉え方、思想をしている。俺はお前らとは違う。みたいな、そういう態度をとる若者も増えてきてるなーと思うのですが、プレゼンとか友達に熱烈にそういう主張をしてても、

意思決定でバレる。どこでイエス、ノーを言うのかでバレる。

 

 

プロセスがどんなに素晴らしくても、人格的な判断をしていても、結果で選べない。選択できない、集中できてない人間が評価されるのは、学生レベル、若者レベルまでで、上場企業の社長さん、世界トップレベルの人材、超有名芸能人、なんかが心の底から信頼するのは、結果、GOできる人間である。

 

かつ継続できる人間。勝ちきれる人間なら、対等に仕事をしてくれるだろう。

 

ビジネスに変な情熱、思想は持ち込まないほうが良い。あるのが当たり前だから。当たり前のことをドヤ顔で言われたり、本気でプレゼンされても、当たり前やろと、淘汰されるだけだ。

 

 

 

なので思うことは、僕もまだ22歳だが、

同世代は社会人1年目で、必死にもがいているだろうけど、決して、目先の不満を解消したい、この人に嫌われたくない、なんとなるハブられるんじゃないか、リスクなんじゃないか、、、、、、なんかで判断してはいけない。停滞していてはいけない。

 

 

資産を積み重ねることが大切。そして、今この時期にどんなカードを持っておくかを考えることが大切。

人生は22歳で終わらないから。もっと言えば20代では終わらない。正直、30代からが本番である。お偉いさんに色々話を聞いても、大体30歳までの準備をどこまでしてるかで、勝負が決まっている気がする。

 

勝負はやる前から決まっているのだ。

 

 

 

時代と、マーケットをもっと深く深く分析する。プログラミングだの英語だのを身につけることは先見性でも何でもないし、もはや先行者利益はない。10年前にバブルは終わっている。仮想通貨ももう遅いだろう。未だ世の中で評価されていないスキル、チャンスを探すこと。

 

そして、誰が30歳で化けるのか知っておくこと。今この人とつながることがどうこうではなく、1年後、3年後、5年後、10年後、20年後、、、、、、

 

果たして誰が世界の最前線で戦っているか。その逆算で人脈を作っているか。分散していないか。人脈=本当に信頼を勝ち取れているか。連絡して会える関係か、仕事ができる関係か、投資してもらえる関係か。

 

 

僕はそういう意思決定で、毎日生きています。

なぜなら、本気で世界を楽しみたいし、楽しめる世界を作りたいから。

この文章を綴るもの、未来の自分への投資である。

 

 

こっからどんな世の中になるのか、非常に楽しみである。

そしてその波を、乗りこなせるのか、乗りこなせないのか、本気で挑戦するのも非常に楽しみである。

 

同世代のみんな、人生賢く生きてこう。

俺らの時代を作るために。大人にナメられるな!やったろうぜ。

 

 

今日は敢えて抽象的なところで。

 

 

 

 

What is LIFE ?

  

 

何をして生きるのか、ではなくどう生きるのかを学びたい

正論や合理的な結果を求めていない

自分が納得できる答えが欲しい

既に考えはある。あとはぶつけてみたい。

     

死はかならず訪れる。自分の魂が死ぬ時が訪れる。

それまで、何を燃やし続ける必要があるのか。

魂に優劣なんてあるのか。ない。

 

ただ、いま生命は動いている。

この動いている感覚で動けばいい。

そして、生命が動いているということ、伝えていきたい。

生かしていきたい。燃やしてあげたい。

それが人生でできる最大のエンターテイメント。

史上最高な遊び。暇つぶしだ。ゲームだ。

過去の経験、俺はゲームをすることにワクワクする。

全部LV99にして極めてやろう。

究極の自己満足。一生終わらないゲーム。

人に価値を与え続けるゲームをする。

感動させて、ワクワクさせて、幸せにさせてやる。

どうせ人は死ぬんだから。死ぬ前に一緒に笑いたいよね。

 

 

[2015年8月28日 4:21 北海道旭川市 駅前カラオケにて]

 

 

 

責任感を持って生きようと思った

多くの人に関わって来た責任がある
遺書を書くことで死を近くに見る。
死と真面目に向き合う
自分の命を常に考えて向き合う
命を尊敬して生きる
最大の悲しみ 死というものと相対的に考える
現実や幸せとは命があるからこそ出来るもの
感謝して生きるとは死なないでいる自分に対してもある
人を幸せにしたいなら自分が死んではいけないし、悲しんでいてはいけない

 

 

 

誰しも死は訪れる
出会った人はみんな死ぬ
別れる時が来て、悲しむために出会ってる 
 
そんな不条理の中で、俺は何のために生きているのだろう
でも抑止力と同じで
生きている間に人間を喜ばすゲームはできるよね
暇つぶし、遊ぶはできるよね
楽しみながら人を幸せにすることはできるよね
大義名分はないとはこのことだ。
 
やらなきゃいけないとかはない。
だってその先にあるのは生と死
その可能性を追求しているのは脳科学
だけど脳科学が発達した先には
その先に人間の本当の幸福はあるの?
ないんじゃないかな。また別の問題にぶち当たる。
 
そしたら、そんな長期の使命感に追われるのではなく
もっと自分が楽しめることをしよう
気楽に生きよう
天国でまた会えるだろう
ハロー初めまして、よろしく、そして、さよなら(死ぬ)
 
ただ、それだけの人生。
旅じゃない、人生がそう。
つまり旅=人生
そしたら、死ぬってわかってるよね。
やるべきことって別にないよね
楽しめばいいよね。
人生を。

 

 

 

 

[2015年8月28日 5:04 北海道旭川市 駅前カラオケにて]

 

 

 

 

 

 

 

 

また宗谷岬に行ってきた。ママチャリがあった。すごく気持ちよかった。

ワイワイするというのはああいうことだ。自然と話しに笑いが生まれる、自然とつながる。

何を感じるのだろうと考えながら歩いた稚内。人が少ない。

人の気配が薄い。命や、生と死に真っ向から向き合いすぎて、自分が何をすればいいのか分からなくなりそうになっている。悟りすぎている。負のループにはまりそうになった。

 

そこに辿り着く必要はあるのか。本質的すぎる問いを厳しく与える必要はあるのか?あまりモチベーションは湧かなかった。人生にとって大切なことを教えることは必要だけれど、あまりにクリエイティブで正しく強いものを見ると、すこし圧倒されてしまう。

しかし、とても勉強になる。これは良いことなのかもしれない。非常に室の高いものだ。今の自分には分からないのだろう。人生を表現して「感動」を人々に与えることに意義がある。生きる意味を問い続けるということは人々に学びを与えるということになる。いや、今はこの話はやめておこう。

 

札幌にとんだ時、飛行機ってすごいと思った。

飛びたいという人の夢を現実的にした。

窓から見た翼が

おもちゃのように、戦闘ロボの変身のように思えた。そして物理的に人をふかんして見える。

与えたいターゲットは「人」なのか「地球」なのか「生き物」なのか、大切な問い。人が作った物たち、まるでゲームみたいに都市を作り、人を増やしている。

 

そんな新しいゲーム。今思ったのは、所詮俺は「人」なのだから「人」以外の気持ちなんて分からない。その「生き物」にとっては、今が一番心地良いかもしれない。ボランティアと同じだ。今、自分の心の中にある罪悪感。そして、自分が伝えたいこと、言いたいこと、これを生き物の気持ちになぞらえて、責任転嫁してるだけかもしれない。地球の気持ちなんか分からない。結局、自分たちが心地良く暮らすために、地球が悲しんでるとか言ってるだけかもしれない。俺らには分からない。マーケティングしてないから。それに、ニーズや価値、欲求や感情というものがあるかどうかすら分からない。ピダハンのように"今"しかない民族もいるのだから。

 

要は、まじめに考えるなら「人」に価値を与えることが一番ワクワクするかな。自分が幸せになれるかな。人以外の生き物になりたいというのは、その地球や生き物に逃げてるだけなのかもしれない。依存してるだけなのかもしれない。だってなりたいならなれるよ。そういうS→Gを組めば良いよ。これは無責任だけど出来るよね。だから、そこじゃなくて、その欲求は、そのモノから 直接受け取ったものではなく、間接的なものかもしれなくて、それ以上に、そもそも本気じゃないかもしれない。偽善はやめよう。人といよう。俺はそれが楽しい遊び場だと思う。

 

デメリット、リスクをとらずに生きていたら、何も出来ない。

この地球に対しては全て悪かもしれない。

だから、自分のやりたいことをやろう。

 

 

[2015年8月29日 19:28 北海道稚内市 宗谷本線車内]

 

 

 

 

*************************

 

 

大切な友人の訃報を聞いて、書き連ねたというか、書きなぐった当時のメモ帳。

ふと見返して思うことがあったので、

文字起こししてみました。

 

「わたしも北海道に旅しに行こうと思うんですけど、行ったほうが良いところがあれば教えてください!」

新宿のカフェで北海道の素晴らしさを伝えた。

 

「わたしも宗谷岬に行きたいです!」

そうやって言われたのは3週間前だっただろうか。

 

 

ふざけんじゃねーよ!という気持ちでいっぱいだった。

そんな感情だったのを覚えている。

 

命は大切にしねーと。

であるならば。

あなたの人生とは?

 

なんやろね。

 

 

2年前の俺へ。まだ分かってないみたいだわ。

 

 

 

 

 

 

 

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What is LIFE ?

 

 

人生とは?

生命と何か?

生きるということ。 

 

 

 

2)高校生のころのおはなし

 

高校2年

  

現実逃避してネットに浸る日々。

高校でも楽しく振る舞っているように見せて、消耗する日々。

 

楽しいことは多かった。思い出も沢山あるし今でも仲の良い友人ばかりだ。

環境にケチをつけたのではない。自分が嫌になった。

誰も信じることが出来ない自分に。

 

 

 

 

 

そんな自分を変えてくれた人がいる。

 

 

 

 

高校1年の冬に出会った、近くの高校に通う女の子だ。

 

友達の友達で知り合い、すぐ仲良くなった。

なんだか話していて新しい感覚があった。

何故だが、とても安心感があった。

 

この子になら、自分の本音を話しても良いんじゃないかなと

少しだけそう思える瞬間があった

 

 

ある日、彼女のほうから自分の悩みというか、

友達には言いづらいような話を聞いた。

 

自分なんかを頼ってくれる人間がいるのかと、泣きそうになった。

今までそんな人に、出会えなかったから。

 

ただただ、面白いから遊んでる、仲良くしてる。

僕はそんな存在にしか思われてないと、諦めていたから。

 

泣きそうになりながら、真剣に聞いた。

ちっぽけな自分の出来る限りで、真剣に聞いた。

 

 

僕はその時に、大きな大きな一歩を進めた。

自分の本音を、その子に打ち開けたのだ。

 

 

人間不信で、誰のことも信頼してないということ。

誰にも分かってもらえないと、日々嘆いていること。

仲良くしてくれる人も、表面上の付き合いでしかないということ。

人生なんて、消費する毎日の繰り返しで、退屈だということ。

 

 

気付けば涙を流していた。

ものすごく弱っちい、臆病な震えた声を発した感覚を今でも覚えている。

 

怖かった。

 

「自分という人間」を明かすことが。

存在を伝えることが、怖かったのだ。

自分を表現すること、生きていることを伝えることが。

たまらなく、怖かったのだ。

 

 

 

彼女は、黙って僕の話を聞いてくれた。

ただ、僕のことを見つめて、ずっと頷いてくれていた。

人生で初めて、僕を生きている人間として接してくれているんだという

 

「愛」を感じた。

 

 

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僕はあの時、人生がリセットされた気分になった。

今、僕が生きることが出来ているのも、あの時あの場所で、

自分の心に寄り添ってくれる彼女がいたからである。

 

僕はあの瞬間に、生きる楽しみを知り、同時に、

この世に生かされていることを知った。

 

 

僕は今でも生かされている。

多くの人間に生かされている。

 

それは僕のことを、知ってくれている人がいるからだ。

理解しようと、してくれる人がいるからだ。

心から感謝しています。いつもみんなありがとう。

 

そして、この身体、感情、魂を今でも絶やさず、

燃やし続けることが出来ているのは、

 

 

あの時、あの場所で、

本当の僕を、知ってくれる彼女がいたからなのである。

ありがとう。

 

 

 

 

こんなにドラマチックなストーリーがあったことを、

知らない友人は多いと思う。

高校2年のとき、仲良くしていたあいつらは

知っているだろうが(笑)

 

自分を知ってもらうために、書いている過去の話、

このストーリーは、恥ずかしくて書くか迷ったが、

 

人生一度きりなので、書き残しておこうと思い、

文字を綴った。

 

 

このブログを読んでくれた方にも、宮代にこんなストーリーがあったことを、

ぜひ心のどこかで覚えておいてほしいなと思う。

青春と感動が、僕の人生のキーワードである所以はここにある。

 

それと同時に、人生は生きていれば、

こんなに感動的な喜びがあるということも、

参考程度にしてもらえれば、生きる心地が湧くかもしれない。

 

 

 

2011年

ひと夏の記憶。

 

 

 

湘南基地プロジェクトでやりたいこと

 

「湘南基地プロジェクト」


理念:誰もが青春を味わえる環境を作る

ビジョン:エネルギッシュな湘南の高校生を中心とした共同経営型カフェの営業
高校生ビジネス教育/地域活性化 アウトドア企画、学校共催の何か

 

 

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モスクワで飛行機に乗っていた時に、本当に暇すぎて書いてた計画書なんですが

この時のアイデアがやれたらおもろいなーとやっぱり思ってます。

 

 

せっかくブログ書いてるので、今後生きていく上でやりたいことの

イデアベースのビジョンだったり、進捗なんかも暇な時に書いていきます。

  

 

 

僕は、育ちが湘南です。

 

 

 

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こんな感じの楽しい高校生活を送っていました。

湘南は本当に最高です。青春を無限に味わいました。

 

 

楽しいことしかしてこなかったし、

高校時代が楽しくなかった人という声を、大学でたくさん聞いて

なんて幸せな環境で育ったんだと感激しました。

これに関して、今度昔話の続きで書きます。

 

 

大学が水道橋だったので東京に通うようになり、2年時から湘南を出て吉祥寺に住み、その後新宿に引っ越しと、

20年間、湘南で育った後に、都会の大きな波を乗りこなそうと多くのものを吸収してきました。

 

 

良い意味でも悪い意味でも

東京人は賢く、湘南人はバカです。

 

少なくとも僕らの世代は。そうじゃないと反論があっても、そう思われているのが

現実だと、比較して分かりました。

 

 

僕は生粋の湘南ボーイですので、どんなに世界の色に染まっていっても湘南の、

『自由でなんでもあり』『楽しければそれだけで良い』みたいな価値観を、

最もアリだと思っています。

 

 

だけど、お金を稼ぐことや、社会的な教養が弱くて、

中々、それが実現できないというのが、湘南人のモヤモヤなのではないかとすごく思ってます。

 

 

実際、資本主義の時代ですので、数字に疎かったり、税金の仕組み、

 基礎的なビジネス知識や、甘い誘惑に騙されない、社畜にされないくらいの教養は、

身につけていかないと、ただただ住宅ローンを返し続ける人間が大量生産され終わってしまうと思っています。

 

 

コミュニケーション能力、楽観主義、ポジティブ、行動力、

情熱、好奇心、人間味、人柄、筋を通すところなどなど、、、、、

 

 

湘南人はポテンシャルがあるのに、

ビジネスセンスが疎いと言うだけで、社会的立場が弱いのは、

日本というチームにおいて強みが生かされておらず、面白くないワケです。

(極論ですけどね。でも日本が破産する前に足掻いておきたいですよね。)

 

僕の地元なんで。「卍 地元最高 卍」なんで。

チャリで来てるんで。横浜のあの子たちも今ごろサラリーマンなわけです。

 

湘南を、イケてる地域にしたい。

そのために、湘南乃風みたいなヤンチャ文化だけではなく、

もう少し賢さが欲しい。

武器を増やしたらどうなるのか? 見てみたいのです。

 

 

 

ということで、

高校生教育×地域活性×飲食店 の掛け合わせて、おもろいことできたらなと。

 

湘南の女子高生が経営するカフェ、なんかだと人はたくさん来ると思います笑

 

 

 

湘南のギャルがカフェ経営して1000万稼ぎましたみたいな

スーパーギャルを世の中に輩出したい。

 

打倒東大生。打倒自称起業家。

そういうのでも、良いと思ってます。笑

 

 

来年は1年の三分の一は大阪にいようと思っているのですが

1年の五分の一は、湘南で仕事するのもありかなと思っています。

 

鎌倉に拠点欲しいし。湘南で仕事してるって、

地元民としては言いたいし。

それを実現するために、今年は準備なので、東京で大人しくしてます。

 

 

25歳までには、地元に何か還元したいなと思います。

もっとクリエイティブに。もっとイケてる湘南と言われたいです。

そして、湘南でやんちゃしてる高校生の進路や、生きる道も作ってあげたいです。

 

彼らの想像力は本当に素晴らしいので。

 

 

 

進捗あったら更新しようと思います。

 

 

 

高校生のころのおはなし

 

***************

 

高校では帰宅部として人生を謳歌していた。

なんとも青春な人生を歩んでいた。

 

そして感動的なストーリーがある高校時代。

ここで俺は生まれ変わりました。

 

 

 

 

 

 

高校1年

 

小中より近い高校に進学。

チャリで2分。8時30分の学校のチャイムが聞こえてから登校する日々。

先生が来るの33分で、ギリギリ遅刻になったり、ならなかったり。

 

結果として校内遅刻ランキングは2位。

生活指導を20回以上受けました。5分早く出ようねと言われ反省しないの繰り返しという無生産な指導でした。

 

高校は、出会いが多かった。面白い人を探す毎日だった。

学校に向けてロケット花火打ったり、太鼓の達人がめちゃ上手い友達ができて、セッションしにゲーセン行ったり。地元の仲間と遊んだり。カラオケにハマり始めたのもこの頃。

 

 

高野という中学からの腐れ縁と遊びまくったのもこの頃。

今でもめちゃんこ仲が良いという。残念ながら。笑

 

カラオケかボーリングに週3くらいで行って

完全感覚DREAMERを2人で歌っていた気がする。笑

 

 

周りからは最高に高校生を楽しんでいるように、見えていたはず。

 

 

 

だが、心の底から人を信じられない自分がいて、人生とは薄っぺらい人間関係が続くものなのかなと、とても憂いを感じていたことを強く覚えている。

 

多くの友達がいるのに、じゃあ一番頼れる人は? と聞かれたら

誰も頼れないと、悟った瞬間に悲しくなったのだと思う。

 

つまりは、自分のことを気にかけている人っていないんじゃないかと。

自分の全てをわかってくれる人なんて、出てこないんじゃないかと。

 

それらの不安がめまぐるしく、毎日意識の頂点を巡り、

どんなに友達が出来ても、どんなに面白いことをしていても

全ては人生の浪費、ただの作業であり、全てが虚しくなった。

 

 

人生って、こうやって退屈な時間が流れていくのかなと。

大人になるって、全然楽しくないことなのかもしれない。

人って、すぐ裏切るし、自分のことしか考えてないし、何より、

俺のことを理解してくれる人間なんて、どこにもいないんじゃないかなと。

 

表面的に、楽しいやつ、面白いやつって思われて終わり。誰も信用してくれないし、誰も自分を大切にしてくれる人なんていないんじゃないか。

 

 

それが嫌で、

嫌で嫌でしょうがなくて、この世に生きてる意味を考え、

ずっと苦悩していた。

 

飯食って、学校行って、授業を受けて、放課後遊んで、バイトして、飯食って、寝て、起きて、、、、、

 

何が楽しいんだろう。

心の底からリアルを楽しめない。

 

 

 

だから、現実逃避として、

この頃から「ニコニコ動画」にハマる。

 

オタクっぽいギャルアニメはあまり好きじゃないが、ゲーム実況の面白さを見出し、ひたすらに実況動画を見る生活に入り浸る。

 

(※ニコニコ動画のリンクが動画で上手く表示されない方は、ページを更新して見てみて下さい。多分見れるようになります。)

 

www.nicovideo.jp

 

 

 

よーらいさんの動画。

VIPマリオにハマったのはコレがきっかけ。

 

知らない人はコチラ、2ちゃんねらーが本気で制作している改造マリオです。

 

 

VIPマリオ攻略 Wiki*

 

 

激ムズですが、めちゃ面白いです。

 

 

よーらいさんはこの翌年に

佐賀の大自然を堪能する動画をあげ、ニコニコ動画アワードを受賞している

 

 

f:id:itotl:20170608184145p:plain

 

 

この画面が本当に懐かしい。

 

 

 

 

 

www.nicovideo.jp

 

 

「佐賀よかでしょう」

 

bokunatusaga.at-ninja.jp

 

 

 

この動画に激ハマりし、自分の知らない地域や、のどかな大自然を巡る人生の希望を持つことになる。

 

後に、ここから派生し「水曜どうでしょう」が好きになり、インスパイアされ、原付き日本一周などにうつるのである。

 

 

itotl.hatenablog.com

 

 

 

 

とにかく、つまらない日常を抜け出したくて、

自分にウソをついて、心を打ち明けられないモヤモヤした人生を

笑い飛ばしてくれるような存在が、ニコニコ動画のゲーム実況主だった。

 

 

 

 

www.nicovideo.jp

 

 

www.youtube.com

 

 

 

www.nicovideo.jp

 

 

www.youtube.com

 

 

 

www.youtube.com

 

 

どれも2周以上したのではないかな。。

 

 

今では廃れてしまった実況者から、一躍有名になった実況者まで勢揃いである。

キヨなんか、あの頃からニコニコ動画の一世を風靡したかと思いきや、今じゃー有名youtuberだろう。

 

 

よーらさんの他にも、うんこちゃんの6ポケと、P(ピー)の高速マリオは好きすぎて3周くらいしていると思う。

今でもうんこちゃんは大ファンだ。(知っている人には伝えるが、僕は人様の実況に迷惑をかけないファンである)

 

 

ここらへんは大好物なので、同じ境遇だった者とは

朝まで語れる自信がある。

 

 

 

 

高校では、いっぱい友達がいて、常に楽しそうで、帰宅部で自由だし、

毎日学校を、楽しんでいるように見えていたであろう宮代の裏には、

 

こんな、暗くも明るい事情があった。

 

 

 

あのころの宮代を慰めてくれたのは、紛れもなく、

ニコニコ動画のゲーム実況主だった。

 

 

全ての実況者に感謝をしたい。ありがとうございました。

 

今でもよく見ています。

一生見続けたいと思う。

 

 

 

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高校2年、感動的なストーリーは

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